横浜地方裁判所 平成3年(ワ)2340号 判決 1993年12月10日
主文
一 被告は、原告に対し、六〇九万九六八七円及びこれに対する平成元年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、八二三万四五二三円及びこれに対する平成元年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動二輪車に追突された普通乗用自動車の運転者が、自動二輪車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
日時 平成元年一〇月三〇日午前一一時四五分
場所 横浜市港南区上大岡西一丁目一五番三号先路上
原告車 普通乗用自動車(横浜七八た五八四八)
運転者 原告
被告車 自動二輪車(一横浜ひ八六一二)
運転者 被告
態様 本件事故場所に停止していた原告車に被告車が追突した。
2 原告は、横浜東邦病院において傷病名頸椎捻挫との診断を受け、同病院に入・通院して治療を受けた。
二 争点
1 原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたか
被告は、本件事故の衝撃で頸椎捻挫の発生する可能性はなく、仮に原告が本件事故により何らかの傷害を負つたとしても、一ないし二週間の治療によつて治癒すべきものであつた旨主張する。
2 損害額
第三判断
一 証拠によれば、本件事故の具体的態様及び原告の治療経過は次のとおりであることが認められる。
1 本件事故の具体的態様
本件事故場所は、大船方面から弘明寺方面に向かう県道八号線上であり、原告は、被害車両を運転して右県道を大船方面から弘明寺方面に向けて三車線の内中央の車線を走行していたが、先行車両が順次停止したためこれに続いて本件事故場所に停止した。なお、その際、原告は、シートベルトを装着しており、被害車両はサイドブレーキをひいた状態であつた。
被告は、加害車両を運転して、右県道の被害車両の走行車線を同方向に進行していたが中央線寄りの車線に進路変更するため右後方に注意をはらい、前方の注視が不十分であつたところ、停止している被害車両を前方約八・二メートルに発見して急ブレーキをかけたが間に合わず、加害車両前部を被害車両右後部に衝突させた。
原告は、衝突による衝撃を受けた後、自車の右後方に加害車両が転倒しているのを見て、初めて加害車両が自車に追突したことを知つた。
右衝突の衝撃によつて、被害車両の後部バンパー右側には擦過痕及び凹損が生じ、加害車両は横転し、被告も転倒したが、被害車両は前方に移動することはなかつた。また、右バンパーの損傷は、バンパー全体の交換を内容とする修理の見積りがなされ、その金額は、バンパーの取付着脱及び納車等の費用を含め三万五〇二〇円であつた。
衝突後、原告は、最寄りの交番に事故の申告をし、本件事故は一旦物損処理がなされたが、平成元年一二月二六日、原・被告双方から人身事故としての申告が改めてなされた。
(甲四、乙三~九、一一、原告本人)
なお、原告は、被害車両には右認定のバンパーの損傷のほか、車輪泥よけ部分及びマフラーにも損傷があつた旨供述するが、客観的な裏付け資料に欠け、にわかに採用できない。
2 原告の治療経過
原告は、事故後気分が悪くなつたが、一旦勤務先に戻り仕事を済ませた後、事故日の午後三時ころ横浜東邦病院において診察を受け、その際のレントゲン所見及び神経学的に検査項目には異常が認められず、頸部の動きは比較的良好であつたものの、吐き気、首の痛み、頭痛等の愁訴の他、僧帽筋及び胸鎖乳突筋の過緊張等の他覚所見が認められ、これらの症状から頸椎捻挫の診断がなされた。当日、医師から症状が悪化するようであれば入院するよう指示がなされた。原告は、自宅で安静をとつたが、同年一一月一日の同病院での診察では、首の痛みが増加し、頸部の各方向の運動域が極めて制限されるという症状の悪化があつたため頸椎のポリネツク固定が施行され、医師の入院の勧めによつて、平成元年一一月二日入院した。
入院後は介達牽引(グリソン牽引)によつて患部の安静を保つ治療が行われたが、原告の症状の内吐き気は低下したものの、頭痛、首の痛み等の入院時の他の症状は依然として続き、平成元年一一月三日ころから両手の痺れ、握力の低下等の症状も加わつた。しかし、入院二週間を経過した同年一一月一三日ころから全般に症状が改善し、脳波の異常も認められないことから、医師から原告に対し退院の時期等について指示があり、同年一一月一七日一回目の試験外泊が試みられ、その後頸部痛等は次第にとれ、頸部の運動も良好となつたため、二回目の試験外泊を経て退院となつた。なお、原告は、入院中も仕事のための電話を架けたり、見舞客の応対等で必ずしも安静が保たれない状況があつた。
原告は、平成二年六月八日まで通院して首の牽引や超音波による治療を続けており、次第に症状は改善されて、現在の健康状態は良好である。
(甲二、三、乙一二、証人梅田嘉明、原告本人)
3 ところで、被告は、本件事故によつて原告は頸椎捻挫の傷害を負わなかつたと主張し、乙第一三号証の鑑定書によれば、加害車両の被害車両への衝突速度は時速一二・四キロメートルであり、本件事故により被害車両が受けた衝撃加速度は〇・五G以下であつて、原告が頸椎捻挫を受傷する可能性はないと判断されているが、頸椎捻挫が生じる可能性のある加速度Gの限界値については、さまざまな見解が述べられ定説をみないところであるうえ、頸椎捻挫の発症には当該事故における運転者の姿勢、衝撃を受ける角度、体質等種々の要因が複雑に影響するものと解されるので、衝撃加速度Gの小さいことのみを理由に頸椎捻挫発生の事実を否定することは相当でない。
そして、本件事故の衝突による衝撃が右のとおり比較的軽微であつたにもかかわらず、前記認定の本件事故の状況及び原告が加害車両の追突を予知しておらず、衝突による衝撃に対し無防備な状態であつたと推認できること、事故当日の原告の初診時の症状及びその後の症状の推移も特に痛みの強い頸椎捻挫の症状として特別不自然な点はないことなどを総合すれば、原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたものと認めるのが相当である。
また、被告は、原告の治療にあたつた横浜東邦病院の治療は原告の症状と整合性がない旨主張し、乙一四号証の1ないし6及び証人乾道夫の証言等を根拠としているが、横浜東邦病院での治療については、入院の必要性、原告に投与された薬剤の必要性、点滴の必要性や症状の原因を明らかにするための諸検査の施行がほとんどなされておらず、原告の愁訴に対し漫然と薬剤を投与してきた形跡が伺えることなどその治療内容について疑問がないわけではないが、医師による治療が高度に専門的な知識と技術を要することから、患者に対する診断、治療方法についてはある程度の裁量の幅が認められるべきであり、ことに頸椎捻挫の症状が患者の愁訴を主体とするものである以上、患者の訴える症状の程度、その体質、性格等個体の特長に応じた治療方法の選択の幅はかなりの範囲に及ぶものと考えられるのであつて、横浜東邦病院での原告に対する治療が明らかに医師の有する裁量の範囲を超えたものであることを認めるに足りる証拠はない。
また、治療期間について、一、二週間で治癒すべきものであつたとの被告の主張についても、その根拠となる乙第四号証の1の意見書においては、原告の症状が典型的な頸椎捻挫のそれであることを前提に記述された結論であり、同号証の作成者である証人乾道夫の証言及び同梅田嘉明の各証言によれば、原告の症状は、典型的な頸椎捻挫のものではなく、痛みの強い特異な場合であることが認められるのであるから、右意見書の結論をもつて右被告の主張の根拠とすることはできない。他に原告の頸椎捻挫が一ないし二週間で治癒すべきものであつたことを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、被告は、本件事故により生じた原告の損害につき相当因果関係の範囲でこれを賠償すべきである。
二 損害額
1 治療費 一四四万九六九三円
証拠(甲三)によれば、原告の横浜東邦病院における入・通院の治療費は、一四四万九六九三円である。
なお、差額室料は本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。
2 入院雑費 三万一二〇〇円
原告は、本件事故により、横浜東邦病院に平成元年一一月二日から同年一一月二七日までの二六日間入院して治療を受けたものであり(甲二)、この間の雑費は一日一二〇〇円が相当であるから、その合計は三万一二〇〇円となる。
3 休業損害 三二八万三七七四円
原告は、事故時朝日生命保険相互会社の外交員及び日動火災海上保険株式会社の代理店としての収入を得ていたが、本件事故により、右入院期間(二六日)並びに平成元年一一月一日及び退院後の各通院日(合計八〇日)に稼働することができず、その間の損害は、事故直前九二日の朝日生命保険相互会社の外交員としての収入二六六万八一六二円(一日二万九〇〇一円)及び平成元年一月から同年一〇月までの三〇四日間の日動火災海上保険株式会社の代理店としての収入六〇万一六〇七円(一日一九七八円)を基礎として計算すると、三二八万三七七四円となる。
(甲二、三、五、六、原告本人)
(二万九〇〇一円+一九七八円)×一〇六日 三二八万三七七四円
4 慰謝料 八〇万円
原告は、前記認定のとおり、本件事故による頸椎捻挫の治療のため、横浜東邦病院において、二六日間入院し、平成元年一〇月三〇日と同年一一月一日、退院後の同年一一月二八日から平成二年六月九日までの間(実治療日数八一日)通院して治療を受けたこと、原告の傷害の内容・程度等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故で受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては八〇万円が相当である。
5 物損 三万五〇二〇円
原告は、被害車両の修理の依頼をして見積を立ててもらつたが、その後被害車両を売却し、新車両を購入した(甲四、原告本人)。
被告は、被害車両の修理代の限度でその損害を賠償すべきであるところ、被害車両の修理代は三万五〇二〇円である(甲四)。
6 弁護士費用 五〇万円
本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては、五〇万円が相当である。
三 以上によれば、原告の請求は、六〇九万九六八七円及びこれに対する本件事故の日である平成元年一〇月三〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
(裁判官 近藤ルミ子)